子どもの耳の病気の増加は何が原因なのか? NHKの報道をふまえての感想

【ざっくりまとめると】

子どもの耳の疾患が増えたのは耳垢がたまっているのを指摘される子どもが増えたためで、中耳炎とか難聴の子どもが増えたとは考えづらい。

 

 

 

 

今朝、NHKのニュースを見ると、このようなものが特集されていました。

www3.nhk.or.jp

 

NHKの報道内容をかいつまんで説明すると、

スマホを使う子どもが増えた  →  スマホを使うときにイヤホンで音楽を聴いていることが原因で病気になる子どもが増えているのではないか?」

というものでした。

 

また、報道では「中耳炎や外耳炎など」と具体的に疾患名を挙げ、さらに都内の医師の話を出して、「他人とイヤホンを共有したり音楽などを長時間にわたって大きな音で聞いたりしないようしっかりと注意してほしい」とイヤホンの使用方法について注意喚起されていました。

 

この文面・報道のみを見ると、

「イヤホンの共用により他人のばい菌が自分の耳の中に入って炎症を起こす」とか、

「イヤホンで大きな音を出しっぱなしにすると、難聴になったり耳の炎症になったりする」などと一般の方は解釈されると思います。

(少なくとも、私は一般の方がそう解釈されると考えています。)

 

実際にそのようなことが子どもたちに起きているのでしょうか??

 

 

そもそも今回示されている数値の根拠は、文部科学省によって行われている「学校保健統計調査」に基づくものです。

「学校保健統計調査」とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校で毎年春に学校で行われている健康診断の結果を集計し、子どもたちがどのような成長・発達をしているか、どのような健康問題を抱えているかを調査しているものです。

ただし、全数調査(全員のデータを集計する)ではなく、抽出調査(全体の約25%を集めたもの)になっています。

学校保健統計調査-平成29年度(速報値)の結果の概要:文部科学省

 

2017年12月22日に平成29年度の速報値が示されています。

この結果を見てみると、確かに耳疾患を指摘される子どもの割合は、耳疾患の集計が開始された平成7年(1995年)以降年々増加し、小学校、中学校、高等学校ともに過去最高となっています。

 

ここで気になるのは、スマホの普及はここ5年間にみられるものであって、それ以前の増加はこれでは説明しづらいということです。

ウォークマンなどが年々普及してイヤホンの使用率も増加したかもしれませんが。

 

ただ、これは「『耳疾患』を学校健診で指摘された子どもの割合」であって、どのような病気の可能性を指摘されたかは明らかではありません。また、学校保健調査統計にはこれは示されておらず、本当にイヤホンの使用によって耳疾患の割合が増えたかは分かりません。

 

ここで、学校健診の耳鼻科診察でどのような疾患が指摘されているのかを確認したいと思います。

 

日本耳鼻咽喉科学会がネットで示している「耳鼻咽喉科健康診断マニュアル」では、以下の4疾患を学校の健康診断で対象となる主な疾患を挙げています。

・耳垢栓塞   :耳垢のため鼓膜の検査が困難なものを含む。

・滲出性中耳炎 :浸出液の貯留の明らかなもの、鼓膜内陥および鼓膜癒着の疑いのあるものを含む。

・慢性中耳炎  :耳漏(耳だれ)および鼓膜穿孔を認めるもの。

・難聴の疑い  :選別聴力検査で異常のあるもの。アンケート調査でその他難聴、耳鳴りなどの訴えのあるもの。

 

耳鼻咽喉科健康診断マニュアル」

http://www.jibika.or.jp/members/iinkaikara/pdf/gakkouhoken_kenkousindan.pdf

 

なるほど、おそらく耳の疾患の増加はこの4つのうちのどれかなのでしょう。

ただ、統計上、耳鼻咽喉科疾患は4つの疾患別に包括されています。

すなわち統計上どのような耳の疾患でも「耳」と一括りにされるので具体的にどのような疾患に罹患しているかは分かりません。

 

とりあえず、4つの耳の疾患に含まれていないものの報道で指摘されている「外耳炎」は主な原因ではなさそうです(もちろん学校健診で外耳炎を全く指摘されないわけではないと思います。あくまで主な原因かどうかという話です)。

逆にこれ以外の疾患が原因で耳の疾患の指摘が増加しているならば、学校医の先生は何を健診で見つけているんだ…という話になるので。

さらに、学校保健統計調査では耳疾患とは分けて「難聴」の項目を設けています。それによると、難聴を指摘される子どもの割合は平成29年度(速報値)で0.55,0.37,0.25%(小学校、中学校、高等学校の順)となっており、しかも過去10年をみると最も低い数値で推移しています。

つまり、耳疾患の原因に難聴は含まれておらず、さらに、難聴を指摘される子どもは減っているという結果でした。

これは私も予想外でした(てっきり大音量でガンガン音楽聴いている中高生が多いイメージだった)。

完全に素人の考えで申し訳ないですが、小学校入学以前における聴力検査でしっかりスクリーニングされ、難聴により適切かつ早期に介入ができていること、医療の進歩により難聴の改善がみられていることが理由として考えられるのではないでしょうか。

 

残るは、耳垢栓塞、滲出性中耳炎、慢性中耳炎の3疾患なのですが、どうも中耳炎が原因とは正直考えづらいです。

細菌やウイルスが原因であり、季節性の疾患であること、さらにイヤホンが入るのは外耳道(体表から鼓膜の外側まで)であり、鼓膜の内側に炎症が起こる中耳炎が関連しているとは到底思えません。

また、耳垢栓塞の判断基準が「耳垢のため鼓膜の検査が困難なものを含む。」と書かれていることを踏まえると、「耳垢つまってて奥がよく見えないからとりあえず耳鼻科行ってきて」という理由で拾われる人も多いのだと思います。

ということで、耳垢栓塞の指摘の増加が耳疾患の増加の主な原因である可能性が高いと考えました。

 

ふと、学校の耳鼻科の診察を受けたときのことを思い出しましたが、私も1回「耳垢栓塞」と書かれたことがあります。

あれを教室でもらったとき「これは耳掃除をしろってことなんだな」と思ってすごく恥ずかしい気持ちになったのを覚えています。

 

 

さて、話を戻して。

耳垢栓塞が原因なのは本当なのでしょうか。

 

日本耳鼻咽喉科学会は2017年5月24日に「『平成29年1月 耳鼻咽喉科学校保健の動向』に関する報告書」を示しています。

 

「平成29年1月 耳鼻咽喉科学校保健の動向」に関する報告書

http://www.jibika.or.jp/members/iinkaikara/pdf/doukou_201701.pdf

この「平成29年~(略)~動向」は前述の文科省が行っている学校保健統計調査とは別個に行っているもので、公立小・中学校のみ、定点調査、詳細な疾患別を行っていることが特徴として挙げられます。

また、調査対象児童・生徒数は学校保健統計調査と比べ少なく、全国児童生徒総数のそれぞれ、4.34%,2.56%(小学生、中学生)でした。

 

平成28年度の結果を見ると、小学生では全体の8.38%が、中学生では6.26%がそれぞれ耳疾患を指摘され(難聴は含まない)、そのほとんど(7.63%,5.96%)が耳垢栓塞でした。

報告書内でも、「『耳疾患』が過去最高であったことは、所見比率の割合から見ても『耳垢栓塞』が増加したためと容易に想像できる」と指摘されています。

 

 

ということで、耳疾患の増加の主な原因は耳垢栓塞によるものでした。

 

 

ここで、本当に子どもの耳垢は増えているのでしょうか?笑

いやいや、何言ってるの、統計でそう出てるじゃんとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが。

 

ここで学校健診の目的を思い出す必要があります。

最大の目的は「スクリーニング」です。

スクリーニングとは病気などの可能性のある人を残らずすくい上げるものです。

つまり、実際に病気があるかは分からないけど、その可能性がある人は残らず拾わなければなりません。

何の病気か判明させること、すなわち確定診断は学校健診では求められていないのです。

「耳垢がつまっている」ことが問題になることもあると思いますが、「耳垢がつまっていて奥がよく見えない。鼓膜も問題ないとは思うけど、ちゃんと見えないので念のため耳鼻科に行ってもらおう」ということを学校医の先生方が年々より強く意識されるようになった結果、オーバートリアージかもしれませんが(ただ、マニュアル通りに拾われているのだとは思います)耳垢栓塞を指摘される子どもが増えた可能性も考えられます。

もちろん、本当に耳垢が増えている可能性も十分考えられると思います。

その場合原因はイヤホンでしょうか、耳掃除のしなさすぎでしょうかそれとも耳掃除で耳垢が奥においやられたのでしょうか。そこまでは分かりません。

ただ、私の直感としてここまで耳垢栓塞の割合が増加するとは思えないのですが。

 

 

ここで、NHKの学校健診の結果の報道について、ミスリーディングが含まれていたかについて考えたいと思います。

まず、取材を受けた医師は間違ったことはおっしゃっていないと思います(そもそもただの学生がえらそうに言うことではないのですが…)。

というのは、あくまで小児の耳鼻科疾患の一般論として、騒音性難聴(イヤホンで大音量で聴く)のリスクが上昇すると話しているだけで、今回の統計の考察をしているわけではないからです。

イヤホンの共有で耳の疾患が増えるかについては正直分かりません(私はそれぐらいで外耳炎のリスクが上昇すると思えません。そもそもいろいろなところを触った指でイヤホンを触り、そのイヤホンを耳の中に入れるわけですから、使い回そうが使い回さまいが影響は大してないと思います。)。

 

 

ということで、医師の話と統計の話はあくまで別個のものであって、それらを結びつける、すなわちイヤホンの使用で子どもの耳疾患(=耳垢栓塞)が増えていると一般の人々に誤った解釈をもたらす今回の報道は適切でないのではないでしょうか。

 

 

 

他メディアでは以下のような報道をしています。

FNS:「日本耳鼻咽喉科学会によると、近年、耳あかが詰まる『耳垢栓塞(じこうせんそく)』が増えているということで、『必要以上に耳掃除をすると、かえって耳あかを奥に押し込むこともあり、炎症を起こすこともある』として~(略)

 

JNN:「原因について専門家からは、耳あかの詰まりが多いとの指摘もあるということですが、文部科学省は『要因を分析できない』としています。


比較すると、NHKの報道はやっぱり「うーん」と首をかしげるような内容だとどうしても思ってしまいます。

フジテレビの内容が最もよろしいですかね。

 

 

 

私は、ほとんどニュースはNHKしか見ない(CMと芸能ニュースに興味がないので)のですが、今朝のニュースを見て、本当に正しい報道がなされているか疑問に思いました。

テレビだけでなく様々なメディアの情報を吟味し、どれが物事の本質を正確に伝えているか国民一人ひとりが見極める必要があると思います。